決断力はなぜ鈍るのか

なんか。迷うのですよ。仕事をしていると。
何かを決断するときに、いろんな人の意見を聞いたり情報が多くなってしまうと、迷いに陥って、中途半端な決断しかできなくなる気がしてしまう。

それではダメだと思い、決断力を上げるには何が必要かを勝手に考えてみる。

 

情報の多さと決断力

大前研一さんがメルマガで、小泉前首相が「勘が鈍るから情報はあまり入れない」みたいなことを言っていた、と書いていた。(大前さんのその記事は「政治家は、その場しのぎの判断のために結論だけを切り出すのはだめだ」というような主旨だったと記憶している。)

本当か?と思ったぐらい驚きのエピソードだが、「知らないからこそ決断できる」というのは、本当に正しいのだろうか?無知であることで、細かい情報に左右されずに決断できる、という意味だろうか。勉強せずに決断していることは明らかにだめだと思うが、これを読んで、気づかされたことがある。

それは、全ての情報や立場を考慮していると、判断に迷いが生じ、素早く決断できないことが多いのではないか、ということだ。

いろんな人の意見を聞いていると、それぞれの立場で正しい意見を表明する。それぞれ正しいのだ。でも、全体の観点からすると矛盾する内容となることなど、よくある。情報の多さは、人によっては迷いが生じ、決断のスピードが鈍ったり、軸がブレたりするのだと思われる。(時に、自分はこれに陥る。)

 

小さな情報や感情を切り捨てる勇気

さて、ビジネスの現場では、組織の方向付けはリーダーが行う。一方で、組織を円滑に動かすためには、「多くの人に納得してもらう」ことも必要となる。独裁者が辿る末路は、いつも不幸だ。

現場の担当者ひとりひとりの意見を丁寧に聞き、完璧に納得してもらうことは、全体の最適と矛盾してしまう。
つまり、大きな組織を引っ張っていく(=全体最適に向かう)には、「多少の情報や感情は切り捨てる」勇気を持つことが必要なのだ。

そして、最も難しいのは「何を切り捨てるか」を判断することだろう。

前述の小泉前首相の話が本当だとすれば残念だが、理想をいえば、いろんな意見を取り入れた上で取捨選択し、全体最適を考えた場合に、どこに向かうかを明確なビジョンとして示すのが、リーダーの役割なんだと思う。

 

そして結論

人間の特性なのだと思うが、情報が多いと、判断する軸がたくさん出てくるので、決断が鈍ったりブレたりする可能性が高い。しかし、いろんな情報を加味しないことには、適切な判断をすることが難しいのも事実。

ここで重要なのは、自分の中の価値観を明確にすることだと思う。優れたリーダーはどうしたいかの鮮明なビジョンがあり、それに従った判断を行おうとする。逆に言えば、自分の軸となる価値観が十分に形成されていないから、判断に迷う場面が多いのではなかろうか。ありきたりなビジネス書みたいな結論になってしまっているが、これができている個人や組織は実はとても少ないんじゃないだろうか、と推測する。

価値観をわざわざ紙に書くなんてアホらしい、とか、めんどくさい、とか、恥ずかしい、とか。
そして、いざ考えようとしても、本気でやろうとすると、意外に難しい。
でも、これはとても重要なことだし、それがあると、劇的に状況が変わる可能性があるということは、歴史が証明している。ピンとこない人は、「旭山動物園物語」でも観ると良い。

別に紙書いて部屋に貼れとか、夢を手帳に書け、とも思わないが、自分の価値観とは何ぞや、ということを考える機会を、定期的に持つだけでも、決断するときの迷いは劇的に減るのではないかを思う。だから、自分はそうやって生きていこうと思うのだ。

 

この国の社会保険に希望はありません

生まれてくるわが子へ。この国の社会保険は希望がありません。そんな社会インフラが不十分で、生きていくのが大変な世の中に君を誕生させることに、個人的には大きな喜びを感じながら、その反面申し訳ない気持ちです。君やその先の世代の生活を憂いてしまいます。
 
まず、この国の社会保険がなんで希望がないかを説明しておきます。
社会保険とは、国が国民の生活のリスクを回避・緩和するために設ける、社会保障制度のひとつです。
社会保障は、次の5つの種類があります。
 
・社会保険(医療保険、年金保険、労災保険、雇用保険、介護保険)
・公的扶助(生活保護)
・社会福祉(老人福祉、障害者福祉、児童福祉、母子福祉)
・公的衛星及び医療(感染症対策、食品衛生、水道、廃棄物処理)
・老人保健(後期高齢者医療)
社会保障 – Wikipediaより)
 
社会保険の中で、特に年金保険については、僕らやもっと年配の世代と比較して、著しく恩恵を享受できません。恩恵を享受できないばかりか、僕らなどの世代を支えるための負担だけで、自分たちの生活を切り詰めなければならないでしょう。
どれぐらいの負担になるかといえば、およそ現役1人で、高齢者1人を支えなければならないぐらいの負担です。毎月20万ぐらい、社会保険料として徴収されるかもしれません。
 
こうなってしまう理由は簡単で、次の2つです。
・この国の公的年金制度は、賦課方式といって、若い世代が年配の世代を支える仕組みを採用していること
・少子高齢化によって、労働する世代に対する高齢者の割合が今後も高くなり続け、高止まりすること
 
人口予測は今後大きくはずれることはないでしょう。なので、この状況は大きく変わることはありません。
 
仮に少子化対策がうまくいって、出生率が上昇したとしても、今から生まれた子どもたちが社会保険料の支払いを開始するまでに20年かかります。
そこからさらに数年、数十年かけて、やっと公的年金の財政状況は改善の兆しを迎えることでしょう。だから、出生率が改善しても、君が社会保険料を負担する
頃に問題が解決しているわけではありません。
 
または、大きな戦争が発生したり、隕石が日本のどこかに落ちて、不幸な惨劇ながら多くの人が亡くなる事態が発生すれば、この状況は変わるかもしれません。ただし、その可能性は低く、また発生した場合は、年金よりも優先される事項が大量に生じていると思いますが。
 
 
アドバイスはいくつかあります。
・この国に住まないこと
 覚悟さえ決まれば、大きな障害はないでしょう。税金が低い国、社会保障が充実している国、仕事のチャンスが大きい国。世界に目を向ければ、選択肢が広がるのは間違いありません。ただ、老いた親は近くにいけないと思うので、その点だけは了承してください。
 
・この国に期待しないこと
 この国に住むのであれば、国が助けれくれることを、過度に期待してはいけません。年金は、自分で積み立てましょう。君が大人になるころに、公
的年金制度がどのように改革されているかは不明ですが、社会保険料の支払いに、法的拘束力がないのであれば、支払わず、自分の積み立てに回すことも、手段
のひとつとして考えても良いかもしれません。
 
・国家の制度を選択する、ということ
 現時点では国家の考え方として、2通りあります。「高福祉・高負担」「低福祉・低負担」です。前者は、「スウェーデン・モデル」といわれるような北欧諸国が代表的であり、後者はアメリカが代表例です。
 どちらが良いかは賛否両論あり、どちらも結論が出ていません。ただし、前者は国民の流動性がある程度低いことを受け入れる必要があると思いま
す。これは、高負担を求めることが、より豊富な賃金を求める移民の意図とそぐわない可能性が高いからです。その結果、移民が入ってこないということは、国
内で労働力を確保できない、低賃金となる職種の従事者がいなくなる、というデメリットが予想されます。
 一方で、後者の場合は低福祉である代わりに、低負担となるので、移民にとってハードルは低くなります。これが国内の労働力を増やす源泉とすることも可能になります。
 
 まず国家は、それぞれそういう制度の違いを抱えているのだということを、十分に理解してください。そして、自分が欲する制度を持っている国に住むか、又はこの国で、自分が求める制度設計を行おうとしている政党・政策を支持するようにしてください。
 
 ちなみに、日本は「中福祉・中負担」といわれていますが、残念ですが「中福祉・高負担」ぐらいの感じにならざるを得ないそうです。そうですよね、お金に余裕はないのですから。
 
・幸せの基準を考えること
 個人的な意見に終始してしまいますが、「高福祉・高負担」の国では、労働のみでない、生活の充実さを求めます。生活を取り巻く社会インフラが
充実しているのですから、多少の収入の多寡は気にすることなく、家族やプライベートの時間についても、重大だと捉えるようになるでしょう。
 一方で、後者の場合も家族を大事にする考えを持ったりすることに変わりませんが、自分で頑張る部分が大きくなるので、充実した経済状態を作り出すためには、能力が高い・長時間働く、など、収入の多寡を追求せねばならない要素はあるでしょう。
 
 ここで言いたいのは、どちらも良い・悪いの問題ではないということです。自分がどのような生活に幸せを感じるか。それを常に考え、選択するこ
とが重要です。一般的なイメージでの幸福は、気にする必要はありません。他人に迷惑をかけない限り、君は自由です。いろんな考えを持ってよいし、それに
従って行動することも可能です。
 
これらのささやかなアドバイスを踏まえ、充実した人生を歩んでいけたらなら、親としてそれ以上の幸福はないと考える今日この頃です。

以下、参考にしたもの。

金融日記:移民政策と福祉国家
スウェーデン・モデルは成功か失敗か 福祉大国「素顔」を現地ルポ JBpress(日本ビジネスプレス)
日本は小国になれるか – 池田信夫 blog

あわせてどうぞ。

経営分析の手始めに読む2冊

最近経営分析を勉強していて、本をいくつか読んだけど、すごい理解しやすい本があった。

財務3表一体分析法 「経営」がわかる決算書の読み方 (朝日新書) (新書)
4022732741

非常にわかりやすい。
経営分析=簿記=数字=めんどくさい、というイメージを抱いてしまいがちだが、次の本を読むと、財務諸表の全体像が理解できる。

考え方は非常にシンプル。

  • 財務諸表を図で表してみる
  • 期間や他社との財務諸表を、同縮尺で図で表してみる

これで、細かい数字ではなく、経営状態の全体像が、感覚的に理解できるようになる。
逆に、細かい数字なんて本当は必要なく、大まかに、傾向や流れを把握することに、経営分析の目的はあるのだと、自然と気づかせてくれる。

新書なのに、いろんな図をコピーして、手帳に貼ったぐらいだ。
しばらく、この本を手放すことはないだろう。

 

そして、次はこの一冊を読むと良い。

決算書がスラスラわかる 財務3表一体理解法 (朝日新書 44) (新書)
4022731443

本当は、こっちがシリーズ的に先なんだけど、この「理解法」は、企業の代表的な取引が、財務3表のどこに位置づけられて、どういう関係にあるかをスムーズに理解させてくれる。

なので、まずは「分析法」で経営の全体像を把握する手法を学び、「理解法」で、具体的な取引がどういう意味なのかを知る、という流れが
良いと思う。

 

「続ける」技術を身につけるためのアクションリスト

行動科学マネジメントの観点から、なんでも「続ける」技術を考える一冊。

ポイントは、「意思」ではなく「行動」にフォーカスする。意思の強い・弱いではなく、行動を起こしやすい環境や、行動を起こしにくい環境を作り出すことで、それを実現しよう、ということ。

さらっと流し読みしただけだけど、おぼろげな記憶を基に、実際の行動を考えるまでのアクションリストを作ってみる。

・継続したい行動は何か
 どういう行動を継続させたいか、をはっきりと定義する。
 (応用情報処理技術者試験合格のために、問題集を解く時間が欲しい)

・継続したい行動を増やす環境を作る
 行動は、どういう状態が心地よく作業できるを考えてみる。
 (ひとりで、カフェとか静かで集中できる場所で、問題集とメモ用紙があれば十分。1回2時間ぐらい確保したい。)

・行動を着手するまでに必要な作業は何か
 極力、着手するまでの行動のハードルを低くするのがポイント。
 (テキストを常に持ち歩く。勉強時間の曜日や時間帯を決めて、周囲に宣言する。)

継続したい行動を決めたら、その阻害要因となる他の行動もチェックする。

・誘惑となるライバル行動はなにか
 ある時間を増やすにあたっては、ある時間を減らす必要がある。自分の生活パターンの中で、なくしても良い時間を探す。
 (ぼーっとテレビを見る時間。マンガを読む時間。)

・ライバル行動に着手するまでのハードルを上げる
(テレビを消す。テレビのリモコンを壊す。ケーブルを抜く。マンガを買わない。)

上記がだいたい整理できたら、行動に対する「記録」と「フィードバック」を考える。

・継続したい行動が達成できたら、記録する。そして、それが可視化できるようにする。

・記録した結果を基に、自分で定期的にフィードバックする。もしくは、誰かにフィードバックしてもらう。

・フィードバックした結果については、うまくいったらご褒美、うまくいかなかったら罰を、自分に与える。

これで、自分が行動できるようになるかなー。秋期の応用情報処理技術者に、受かりたい。
あと、こんなの見つけた。楽しそう。
http://tegaru.jp/

「続ける」技術
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石田 淳
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あわせてどうぞ。

バカヤロー経済学

 

経済の根源や政治との絡みを中心に、対談方式で綴られた一冊。
少し大きな枠組みで経済と政治を捉えて、わかりやすく説明されているので、頭にスムーズに入ってくる。

経済とは「インセンティブ」である

面白かったのは、アメリカの地方税と教育の関係。日本では国税で教育が行われているが、アメリカでは地方税で教育が行われている。よって、住民が教育制度をより身近に感じており、地元の教育制度にPTAなどを経由して活発な議論が交わされるそうな。

今、地方分権がマニフェストや地方知事などを通じてよく取り上げられているけれど、地方分権のひとつの形って、こういうことなんだと思う。

自分たちが払った税金が、自分たちが関わる行政サービスに使われていることが、よくわかる形なのだ。

自分たちが意見を言ったりする行政サービスの形によって、自分たちが支払う税金の多寡も決まる。

そうやって、地元の人たちに「インセンティブ」を感じさせる制度設計から、地方行政サービスの充実は達成されていくのだろう。

地方への税源委譲と年金の建て直しは矛盾する

現在の地方自治体の税源は、地方税は3割で、残りは交付税とか補助金とか、国からの補填で賄われているそうな。これが20兆円。

この規模を税源委譲しようとすると、どうしても消費税を委譲しなければいけないそうだ。

このロジックが理解できなくて、少し調べてみた。消費税による税収は、平成19年度時点で約10兆円。
http://r25.jp/b/wp/a/wp/n/%8F%C1%94%EF%90%C5%96@/i/%90%C5%8E%FB%82%CC%90%84%88%DA

さらに、ここを見れば、国税全体の税収のうち、消費税が占める割合が20%弱だから、他の税源も何種類かあるにせよ、消費税は委譲せざるを得ないだろう、という意味かな。
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/pdf/0202.pdf

さて、ずっと前から議論されているのが、消費税増税を、年金の財源に充てるというもの。年金というのは、保険と同じ考えで、規模の論理によって成立するもの。だから、年金制度は国が行わなければいけない。

すると、地方分権を実現するためには消費税は地方に委譲するのが望ましい。
年金は国で賄わなければいけない。

矛盾する。確かに。良い解決策ってないんだろうか。

官僚の政治任用

アメリカが一番わかりやすいけど、官僚の政治任用というものがあって、政権交代でどばっと官僚が任用されて、それまで任用されていた人が解雇される、という現象が起こる。

官僚というものは、次の2つの役割が求められるそうだ。

①政治情勢からは中立的に行政事務を行う
②政治=民意であるから、それに従った政策を実行する

これは矛盾する。そこで、官僚の政治任用でバランスをとるんだろう。アメリカはその規模が大きいけど、他の先進国も少なからず政治任用が行われているんだそうな。

でも日本はゼロ。

「政治任用」なんて概念は、初めて知ったけれど、そういう観点でみると、制度設計のどこに問題があるかが見えてくるから不思議。

対談形式であるのに、著者は一人という不思議。政治的事情から社会的抹殺なんて、ドラマのような世界が本当にあるのだろうか。本当のところは、よくわからない。


あわせてどうぞ。

都心のヤクルトレディは儲かるのか

都心のオフィスビル街では、ヤクルトレディがカートを押して歩き回っている。ヤクルトは1本の単価は安いし、歩き回ったところで、ビジネスが成立するのか?勝手に考えてみる。

以下は、勝手な想像による仮定。

1本単価=80円
1件のオフィスでの売上=10本
→1件当たりの売上合計=80円×10本=800円

1時間で訪問するオフィス=5件
→1時間の売上合計=800円×5件=4000円

1日(8時間)の売上=4000円×8時間=32000円

適当な仮定を積み上げて計算した結果は、32000円。

売上高人件費率をざっくり20%とすると、1日の人件費は6400円。時給800円。

なんか、ぎりぎりな感じ。どこかで仮定を誤ってるんだろうか。ちなみに、人件費率は、ここを参考にしました。
http://blog.sr-inada.jp/keiei/jinkenhiritsu.html

さて、ヤクルトレディの販売方法は、他にもメリットが考えられる。

・店舗を構える固定費が不要
・直接訪問するので、顧客の労力を減らすことで、購入へのステップを減らせる→購入に結びつきやすい
・ヤクルト商品しかないので、商品選択する場合に他社製品と比較されない

乳製品は、健康によく、毎日飲むことに意味がある、というイメージもあるので、実はよく考えられたビジネスモデルではないか、とも思う。

あと、上の計算だけど、固定費がかからない分、実は売上高人件費率はもうちょっと高いのかな、とも思い直したり。

どうでしょう。

「法令遵守」が日本を滅ぼす

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昔からすごい不思議だったのが、建設業界の談合がなぜ減らないのか、だった。それをこの本が解決してくれた。「法治国家」であることを疑ってかかることから、この本はスタートする。

談合はなぜなくならなかったのか

最近こそメディアを賑わせなくなったが、新聞を見ると大手ゼネコンが談合による業務停止をよく受けてたりした。

本当不思議に思っていたのだが、社会的に悪いと思われていることが、なぜこんなにメディアで取り上げられているにも係わらず、排除されないのだろうか。

メディアは比較的、単純な論理で動きやすい。この場合は、「談合=悪」。でも、この本を読んではっきり認識したのだが、社会を構成する「仕組み」については、何かしらの理由があって成立しているのだ。

談合は、建設業者の配分調整による共同発展。また、業界全体で一定の品質を担保する役割も担っていたと思う。ただし、一般的に悪の部分と言われている、競争性の排除もある。

大事なのは、ここでメリットを認識し、その扱いも含めて、どのように「仕組み」を変えるか、だ。単純な善悪やゼロサムの話ではないはずなのだ。

「法」と「社会的要請」のズレ

わかりやすいと思ったのは、「社会的要請」と「法」のズレの話。法治国家を目指す国の場合、社会的要請に基づき、法を整備するはず。しかし、法の遵守を尊重するあまり、社会的要請の本質からずれた守り方をしてしまうことがあるのだ。

法の背後にある社会的要請をちゃんと理解することで、柔軟な対応ができるのかもしれない。

メディアのコスト・パフォーマンス

ちょっ と法令遵守とはずれるけれど、メディアのコスト・パフォーマンスについても触れていたので、メモ。「受けそうな」答えありきで 記事を書いてみたり、「政府」という印籠的なものをかざして記事を書くなど、あんまり労力や頭を使う必要のないメディア形成がされている、という意見があ る。

これは、その方がコスト・パフォーマンスが高く、かつ読者にとっても理解しやすいからだ。受け手としてはリテラシーを高めて注意しなければいけない。

というわけで、この国が法治国家ではないのかも、という新たな疑いを持てた。そして、このブログも、本や誰かのアイデアを焼きなおすことで、安直なものになっているな、という違い危惧も書きながら抱いたり。

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昔からやってきたことは、やっぱりそんなに間違ってなかった。

・本は費用対効果が大きいので、勉強するなら本を読む
・ただ本を読むだけでなく、スピードを意識する
・わからなくても読み飛ばす
・興味を持ったら、迷わず買って読む
・興味が冷めないうちに一気に勉強する
・思いついたことは何でもメモする
・書くことを習慣づける
・思いついたときに一気に書き上げる

他にも多々。
結局迷いが生じると、すべてにおいて効率が落ちる。逆に、効率が落ちるときは、自分の中で興味を失っていたり、迷いが生じている証拠。そういうバロメータにする意味でも、勉強のスピードを意識するのは、重要なこと。

「20円」で世界をつなぐ仕事

マッキンゼーから社会起業家へ転身した、TABLE FOR TWO International 事務局長・小暮さんの転身までの話と、実際にNPOを立ち上げた際の苦労や社会起業に対する考え方をまとめた一冊。
(正確には、マッキンゼー→松竹→TFTだけど。本を売る際にキャッチが良いから、「マッキンゼーから」とだけ書いてんだろうね。)

 

NPOにおける報酬の考え方

生きがいを感じる仕事に就く素晴らしさが良く伝わってくるけど、特に良かったのはNPOに対するスタンス、考え方がちゃんと述べられていること。

いい仕事をして、なおかつ経営能力があって、財政的にも成り立っている団体であれば、一般企業と遜色ない給料を払ったところで、まったく問題ないはずです。

やはり、これは日本人の感覚なのかもしれないけど、公共への利益を追求することについては、完全なる「善」というか、金銭を超越した精神的な潔白さを求められている感じがする。まだ、NPOの歴史が浅く、NPO≒ボランティアの感覚が抜けていないからだろうと思う。

本書でも、そのような周囲の誤理解での苦しみが、ところどころで描かれている。

 

NPOの資金調達手段

NPOの立ち上げ時期における資金調達手段について、問題を提起している。いろいろこの本で知ったのだが、NPOの収益の大部分である寄付について、寄付する先のNPOが「認定NPO法人」でないと、税制優遇が得られない。しかも、その「認定NPO法人」になるための条件に、「設立より1年を超える期間が経過し、少なくとも2つの事業年度を終えていなければならない」というものが含まれている。
(参考:パンフレット「認定NPO法人制度のしくみ」)

この認定制度がおかしいとは言わないけれど、NPO版ベンチャーキャピタルのような、設立直後の資金や戦略を後ろから支えるような、社会的な仕組みがあって良いのではないかと思う。

 

社会起業家の役割

あとがきに書いてあった、社会起業家の役割がわかりやすくてよかった。

だから、「いいことをするべきだ!」と言うのではなく、「こうすればたいした無理をしないでいいことができますよ」「あなたの気持ちをこういう形で届けますよ」、そう言えるだけの仕組みを用意すればいい。そうすれば、みんな喜んでそのしくみを使ってくれるはずです。

なるほどである。こういう人がいると知っただけで、この社会の可能性を感じる。

「食糧危機」をあおってはいけない

現代の世界・日本の食糧事情を、システム工学の観点から述べた一冊。世間に取り巻く「何となく正しい」と思っている食糧危機の誤った認識を正していく。以下のような、様々な示唆を与えてくれる良書。

 ・世界的に見れば食糧は余っている
 ・世界の人口増加スピードは急速に落ちている
 ・バイオ燃料は食糧危機の原因にはならない

他にも、自給率40%の意味や、フードマイレージの概念についても疑問を呈している。

今後の日本の農業政策について

世界の食糧は余っている現状の中で、日本の農業政策は今後どうすべきか。減反も行われているくらいなので、国内の食糧は余っていると思われる。また、聞いた話では、自分で作った米を農協に持ってゆくと、他の農家の米と混ぜ合わせて、一括して精米、出荷されているところもあるそうだ。これでは、愛着もやる気もわかない。

むしろ日本の農家は、安価な基礎食糧が世界中から調達されてくることを前提にした上で、「日本人が好む味」「日本人が好む品質」に特化した農作物づくりを目指すべきです。

これは、以前記事に書いた「奇跡のリンゴ」のような形が、ひとつの答えなのかもしれない。日本人が価値を感じる、特徴あるものを生み出す流れを仕組みとして作り上げることこそ、今の農業政策に求められている気がする。

アフリカの食糧生産率が上がらない理由

もうひとつ気になったのが、アフリカの食糧生産率。農薬や品種改良によって、生産率は大幅に上げることは、技術的には可能になったのに、アフリカはなお未だ上がらないのか。

前提として大事なのは、金銭的理由から農薬や飼料は手が届かないわけではないのということ。別の理由があるのだ。ひとつは、輸送システムがないこと。だから、生産性が上がっても、それを配送できないため、価格が暴落してしまう。もうひとつは、先進国も食糧が余っているので、購入しないこと。

これらを考えると、安易で直接的な救済を考えるのではダメだろう。こういう仕組みを変革させていく、効果的なアプローチを考える必要がある。

総じて。いろんな気づきがあって、よかった。

あわせてどうぞ。