経済産業省の支援で構築された中小企業向けSaaSの「J-SaaS」の有料サービス利用者が、当初想定の3000分の1とのこと。具体的な数値としては、最終目標50万社に対し、150社に留まっている(日経コンピュータより)。
J-SaaSの意図するところは理解できる。
中小企業のパソコンおよびインターネット環境の普及率は8~9割であるにも関わらず、財務会計や給与計算などの業務でITを活用している企業は2割~4割に留まっているそうだ。
ASCII.jp:J-SaaSの仕掛け人、経産省の安田さんにお話を聞く
中小企業のIT利用率を向上させることで経営効率を高め、中小企業の競争率を高めようという狙い。そのハードルとなっている初期投資の高さを、SaaSでカバーする、というもの。これだけなら、ニーズはありそうなもの。具体的なメニューは次の14コ。微妙と思うものもあるが、できるだけ業種・業界に依存しないところをサービス化しているのはよくわかる。システムを持たずに低額で利用できるのなら、中小企業側としてもメリットがありそうだ。
なぜ利用率が伸びないのか
まず、J-SaaSという基盤を用意した上で、その普及をどうやって行うんだろう。それは「普及指導員」という制度があるらしい。
「J-SaaS」の普及活動を行なうのは、税理士、ITコーディネーター、中小企業診断士、地域ベンダー、販社社員など日頃中小企業にアドバイスをしている立場の、様々な職業からなる「普及指導員」と呼ばれる人たちだ。
ASCII.jp:J-SaaSの仕掛け人、経産省の安田さんにお話を聞く
正直、これは厳しいんじゃないか。講習を受けた人は、業務のFit/Gapを受けるわけでもなければ、データ移行もできない。J-SaaSがだめになったときのリスクヘッジも考えてくれない。いや、まあ考えてくれたりしても、責任というコミットメントをしてくれないだろう。これは、金額とか費用対効果とかその前に、普及させるまでの戦略に失敗がある気がする。
普及の仕方にネックがあるのでは
中小企業庁の発表によれば、日本全国では約430万の中小企業が存在する。J-SaaSの目標は150万社というのだから、全体の11.6%。感覚的には、目標として大きすぎるんじゃいか、と感じるがどうだろう。
費用対効果の面を考えてみると、ライセンス形式の費用形態になっているし、1ヶ月程度の試行期間もある。SaaSになればハッピーですよ、というわかりやすい見せ方ではある。
一般的に、システム導入には大なり小なり、知識と労力が必要となる。そして、J-SaaSのHPの導入フローがこれ。↓
中小企業は資金も知識も不足している状況なのに、「業務のやり方見直し」とか言うシステムと業務のFit/Gapをできるんだろうか。多少なりとも、コンサルタントやベンダーを入れて、導入・定着へのアシストをしないと、まだハードルは高いんじゃないかと思う。果たして、1ヶ月の試行期間で「うちの会社はこれでいってみるか」と太鼓判を押せる企業はどれだけあるだろう。
データ移行とかしてくれるのかな?
財務会計のメニューになると、結構有名な財務会計ソフトのJ-SaaS版が提供されている。
J-SaaS|商品一覧
例えば、これまでソフトウェアとして勘定奉行使ってたけど、J-SaaSに切り替えたい!となった場合に、これまで溜め込んだデータはどうするんだろうか。過去遡って計算される税金や給与のデータは、一から入れ直したりするのかな。そんなわけはないよね。そうであって欲しい。
でも、仮に移行できるんだとしても、それも結構簡単な仕組みとして用意しておかないと、ベンダーがやるわけではないんだから「できますよ」というだけでは厳しいと思うけどな。公開されている情報からではそこまではわからなかった。
もしくは、新規利用客をベースにしてるんだろうか。
会社の基盤を他に預けるデメリットを超えられるか
財務会計や人事給与などのデータをSaaSに預けることは、中小企業にとっては不安に感じる要素でもあると思う。ソフトウェアを購入することと、J-SaaSには大きな違いが2つある。
ひとつは、購入すればサポートがあるとかないとか関係なく、手元にデータがあることだ。これは、中小企業にとっては大きい。なぜなら、労力も資源も限られているので、頻繁にシステムとかソフトウェアを乗り換えるとかしたくない。長く愛用することが、リスクヘッジにもなるし、総合的な費用対効果としてメリットが生じる場合もある。(一概には言えないけど。)
もうひとつは、ベンダーやサポート業者と契約関係にできること。わからなければ、「とりあえず来てよ」とか「わかんないなら、電話だ電話」みたいなことになる。でも、J-SaaSの場合はそれがない。利用者に対するコミットメントが低い。利用し始めたらサポートの電話対応ぐらいはしてくれるかもしれないけど、導入までの普及指導員に任せる制度だし、かゆいところに手を伸ばしてくれるような感じはない。
結局のところ、SaaS形式は「一時的に必要なシステム」に一番向いており、継続的に利用するためにはハードルがまだある、ということ。
というわけで、いろいろ思い当たるところを、調べられる情報と推測を組み合わせて書いた。誰か、現状に詳しい方がいれば、突っ込んでいただけるとありがたい。
個人的には取り組みとして面白いとは思うけれど、不十分と言わざるを得ないだろう。SaaSなどでイニシャルコストを下げられるようになった今後は、デジタルデバイドの解消のネックは、「現場でのシステム導入までのアシスト」なのかもしれない。(もしくはBPOの普及かな。)