この国の社会保険に希望はありません

生まれてくるわが子へ。この国の社会保険は希望がありません。そんな社会インフラが不十分で、生きていくのが大変な世の中に君を誕生させることに、個人的には大きな喜びを感じながら、その反面申し訳ない気持ちです。君やその先の世代の生活を憂いてしまいます。
 
まず、この国の社会保険がなんで希望がないかを説明しておきます。
社会保険とは、国が国民の生活のリスクを回避・緩和するために設ける、社会保障制度のひとつです。
社会保障は、次の5つの種類があります。
 
・社会保険(医療保険、年金保険、労災保険、雇用保険、介護保険)
・公的扶助(生活保護)
・社会福祉(老人福祉、障害者福祉、児童福祉、母子福祉)
・公的衛星及び医療(感染症対策、食品衛生、水道、廃棄物処理)
・老人保健(後期高齢者医療)
社会保障 – Wikipediaより)
 
社会保険の中で、特に年金保険については、僕らやもっと年配の世代と比較して、著しく恩恵を享受できません。恩恵を享受できないばかりか、僕らなどの世代を支えるための負担だけで、自分たちの生活を切り詰めなければならないでしょう。
どれぐらいの負担になるかといえば、およそ現役1人で、高齢者1人を支えなければならないぐらいの負担です。毎月20万ぐらい、社会保険料として徴収されるかもしれません。
 
こうなってしまう理由は簡単で、次の2つです。
・この国の公的年金制度は、賦課方式といって、若い世代が年配の世代を支える仕組みを採用していること
・少子高齢化によって、労働する世代に対する高齢者の割合が今後も高くなり続け、高止まりすること
 
人口予測は今後大きくはずれることはないでしょう。なので、この状況は大きく変わることはありません。
 
仮に少子化対策がうまくいって、出生率が上昇したとしても、今から生まれた子どもたちが社会保険料の支払いを開始するまでに20年かかります。
そこからさらに数年、数十年かけて、やっと公的年金の財政状況は改善の兆しを迎えることでしょう。だから、出生率が改善しても、君が社会保険料を負担する
頃に問題が解決しているわけではありません。
 
または、大きな戦争が発生したり、隕石が日本のどこかに落ちて、不幸な惨劇ながら多くの人が亡くなる事態が発生すれば、この状況は変わるかもしれません。ただし、その可能性は低く、また発生した場合は、年金よりも優先される事項が大量に生じていると思いますが。
 
 
アドバイスはいくつかあります。
・この国に住まないこと
 覚悟さえ決まれば、大きな障害はないでしょう。税金が低い国、社会保障が充実している国、仕事のチャンスが大きい国。世界に目を向ければ、選択肢が広がるのは間違いありません。ただ、老いた親は近くにいけないと思うので、その点だけは了承してください。
 
・この国に期待しないこと
 この国に住むのであれば、国が助けれくれることを、過度に期待してはいけません。年金は、自分で積み立てましょう。君が大人になるころに、公
的年金制度がどのように改革されているかは不明ですが、社会保険料の支払いに、法的拘束力がないのであれば、支払わず、自分の積み立てに回すことも、手段
のひとつとして考えても良いかもしれません。
 
・国家の制度を選択する、ということ
 現時点では国家の考え方として、2通りあります。「高福祉・高負担」「低福祉・低負担」です。前者は、「スウェーデン・モデル」といわれるような北欧諸国が代表的であり、後者はアメリカが代表例です。
 どちらが良いかは賛否両論あり、どちらも結論が出ていません。ただし、前者は国民の流動性がある程度低いことを受け入れる必要があると思いま
す。これは、高負担を求めることが、より豊富な賃金を求める移民の意図とそぐわない可能性が高いからです。その結果、移民が入ってこないということは、国
内で労働力を確保できない、低賃金となる職種の従事者がいなくなる、というデメリットが予想されます。
 一方で、後者の場合は低福祉である代わりに、低負担となるので、移民にとってハードルは低くなります。これが国内の労働力を増やす源泉とすることも可能になります。
 
 まず国家は、それぞれそういう制度の違いを抱えているのだということを、十分に理解してください。そして、自分が欲する制度を持っている国に住むか、又はこの国で、自分が求める制度設計を行おうとしている政党・政策を支持するようにしてください。
 
 ちなみに、日本は「中福祉・中負担」といわれていますが、残念ですが「中福祉・高負担」ぐらいの感じにならざるを得ないそうです。そうですよね、お金に余裕はないのですから。
 
・幸せの基準を考えること
 個人的な意見に終始してしまいますが、「高福祉・高負担」の国では、労働のみでない、生活の充実さを求めます。生活を取り巻く社会インフラが
充実しているのですから、多少の収入の多寡は気にすることなく、家族やプライベートの時間についても、重大だと捉えるようになるでしょう。
 一方で、後者の場合も家族を大事にする考えを持ったりすることに変わりませんが、自分で頑張る部分が大きくなるので、充実した経済状態を作り出すためには、能力が高い・長時間働く、など、収入の多寡を追求せねばならない要素はあるでしょう。
 
 ここで言いたいのは、どちらも良い・悪いの問題ではないということです。自分がどのような生活に幸せを感じるか。それを常に考え、選択するこ
とが重要です。一般的なイメージでの幸福は、気にする必要はありません。他人に迷惑をかけない限り、君は自由です。いろんな考えを持ってよいし、それに
従って行動することも可能です。
 
これらのささやかなアドバイスを踏まえ、充実した人生を歩んでいけたらなら、親としてそれ以上の幸福はないと考える今日この頃です。

以下、参考にしたもの。

金融日記:移民政策と福祉国家
スウェーデン・モデルは成功か失敗か 福祉大国「素顔」を現地ルポ JBpress(日本ビジネスプレス)
日本は小国になれるか – 池田信夫 blog

あわせてどうぞ。

バカヤロー経済学

 

経済の根源や政治との絡みを中心に、対談方式で綴られた一冊。
少し大きな枠組みで経済と政治を捉えて、わかりやすく説明されているので、頭にスムーズに入ってくる。

経済とは「インセンティブ」である

面白かったのは、アメリカの地方税と教育の関係。日本では国税で教育が行われているが、アメリカでは地方税で教育が行われている。よって、住民が教育制度をより身近に感じており、地元の教育制度にPTAなどを経由して活発な議論が交わされるそうな。

今、地方分権がマニフェストや地方知事などを通じてよく取り上げられているけれど、地方分権のひとつの形って、こういうことなんだと思う。

自分たちが払った税金が、自分たちが関わる行政サービスに使われていることが、よくわかる形なのだ。

自分たちが意見を言ったりする行政サービスの形によって、自分たちが支払う税金の多寡も決まる。

そうやって、地元の人たちに「インセンティブ」を感じさせる制度設計から、地方行政サービスの充実は達成されていくのだろう。

地方への税源委譲と年金の建て直しは矛盾する

現在の地方自治体の税源は、地方税は3割で、残りは交付税とか補助金とか、国からの補填で賄われているそうな。これが20兆円。

この規模を税源委譲しようとすると、どうしても消費税を委譲しなければいけないそうだ。

このロジックが理解できなくて、少し調べてみた。消費税による税収は、平成19年度時点で約10兆円。
http://r25.jp/b/wp/a/wp/n/%8F%C1%94%EF%90%C5%96@/i/%90%C5%8E%FB%82%CC%90%84%88%DA

さらに、ここを見れば、国税全体の税収のうち、消費税が占める割合が20%弱だから、他の税源も何種類かあるにせよ、消費税は委譲せざるを得ないだろう、という意味かな。
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/pdf/0202.pdf

さて、ずっと前から議論されているのが、消費税増税を、年金の財源に充てるというもの。年金というのは、保険と同じ考えで、規模の論理によって成立するもの。だから、年金制度は国が行わなければいけない。

すると、地方分権を実現するためには消費税は地方に委譲するのが望ましい。
年金は国で賄わなければいけない。

矛盾する。確かに。良い解決策ってないんだろうか。

官僚の政治任用

アメリカが一番わかりやすいけど、官僚の政治任用というものがあって、政権交代でどばっと官僚が任用されて、それまで任用されていた人が解雇される、という現象が起こる。

官僚というものは、次の2つの役割が求められるそうだ。

①政治情勢からは中立的に行政事務を行う
②政治=民意であるから、それに従った政策を実行する

これは矛盾する。そこで、官僚の政治任用でバランスをとるんだろう。アメリカはその規模が大きいけど、他の先進国も少なからず政治任用が行われているんだそうな。

でも日本はゼロ。

「政治任用」なんて概念は、初めて知ったけれど、そういう観点でみると、制度設計のどこに問題があるかが見えてくるから不思議。

対談形式であるのに、著者は一人という不思議。政治的事情から社会的抹殺なんて、ドラマのような世界が本当にあるのだろうか。本当のところは、よくわからない。


あわせてどうぞ。

「食糧危機」をあおってはいけない

現代の世界・日本の食糧事情を、システム工学の観点から述べた一冊。世間に取り巻く「何となく正しい」と思っている食糧危機の誤った認識を正していく。以下のような、様々な示唆を与えてくれる良書。

 ・世界的に見れば食糧は余っている
 ・世界の人口増加スピードは急速に落ちている
 ・バイオ燃料は食糧危機の原因にはならない

他にも、自給率40%の意味や、フードマイレージの概念についても疑問を呈している。

今後の日本の農業政策について

世界の食糧は余っている現状の中で、日本の農業政策は今後どうすべきか。減反も行われているくらいなので、国内の食糧は余っていると思われる。また、聞いた話では、自分で作った米を農協に持ってゆくと、他の農家の米と混ぜ合わせて、一括して精米、出荷されているところもあるそうだ。これでは、愛着もやる気もわかない。

むしろ日本の農家は、安価な基礎食糧が世界中から調達されてくることを前提にした上で、「日本人が好む味」「日本人が好む品質」に特化した農作物づくりを目指すべきです。

これは、以前記事に書いた「奇跡のリンゴ」のような形が、ひとつの答えなのかもしれない。日本人が価値を感じる、特徴あるものを生み出す流れを仕組みとして作り上げることこそ、今の農業政策に求められている気がする。

アフリカの食糧生産率が上がらない理由

もうひとつ気になったのが、アフリカの食糧生産率。農薬や品種改良によって、生産率は大幅に上げることは、技術的には可能になったのに、アフリカはなお未だ上がらないのか。

前提として大事なのは、金銭的理由から農薬や飼料は手が届かないわけではないのということ。別の理由があるのだ。ひとつは、輸送システムがないこと。だから、生産性が上がっても、それを配送できないため、価格が暴落してしまう。もうひとつは、先進国も食糧が余っているので、購入しないこと。

これらを考えると、安易で直接的な救済を考えるのではダメだろう。こういう仕組みを変革させていく、効果的なアプローチを考える必要がある。

総じて。いろんな気づきがあって、よかった。

あわせてどうぞ。

スマート・グリッド

スマート・グリッドを目にする機会が増えてきた。
エネルギーはどこへ行く?日本のスマートグリッド導入について考えてみた | greenz.jp グリーンズ
コンピューターと電話のような「進化」が電力網で起きる:日経ビジネスオンライン
スマート・グリット|町田洋次の社会起業家・エッセンス

果たして、スマート・グリッドは日本でも活用されるのだろうか。

少し話は飛んでしまうが、日本のエネルギー自給率は、定義にもよるが、<br />
原子力発電を含めない場合は5~6%、含めると20%程度らしい。<br />
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化石燃料の代表である石油の枯渇はあと30年とか40年とか言われている。<br />
現時点で判明している埋蔵量と消費量から、そういう数字は出ているのだし、<br />
ある種正しいのだと思う。

一方で、ずっと前から「あと30年」みたいな記事を目にする不思議さもある。それは、随時新しい油田が世界各地で見つかっているからだろう。

ここで、「石油がいつなくなるか」みたいな議論をしてもしょうがないように思えるし、この記事で書きたいのは、そんなことではない。

石油が有限の資源であることは変わりないのだから、いつなくなっても良いように、リスクヘッジするのが望ましいと思うのだ。

あとは、制度や技術や費用などが問題となる。さて、日本は代替エネルギーの活用が叫ばれて久しいが、社会的な仕組みとして、それを受け入れやすい状態になっているのだろうか。

それが違うらしいのだ。<br />
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ただし、日本の電力会社は発電から送電まですべてを管理しており、エリア毎に9つに分かれた電力会社がそれぞれ完結して機能しているため、風力発電などの新しい再生可能エネルギーを送電線網に取り入れ難いという問題がある。

風力発電などで大量に発電しても、その電力を送電線網に入れると電力の質が下がるなどの理由から、せっかくの再生可能エネルギーがきちんと生かしきれていないというのが現状。火力や原子力など既存のエネルギーでも十分まかなえているため、その問題を解決しようとする動きが少ないのかもしれない。
エネルギーはどこへ行く?日本のスマートグリッド導入について考えてみた | greenz.jp グリーンズ

なるほど。つまり、インセンティブが働きづらい、ということらしい。専門家ではないので、電力の質が下がる、というような理由を否定するつもりもないけれど、代替エネルギーへの転換をインセンティブとして働かせるような仕組みを作ることが、市場社会での効率の良い発展の仕方のような気がする。

さて、米国ではGoogleがスマート・グリッドを推進している。<br />
正式にはGoogle.orgという社会的貢献を目的とした組織で、<br />
カリフォルニア州に、電力計測に関する提言も行っている。<br />
<a href="http://japan.cnet.com/marketing/story/0,3800080523,20388039,00.htm">グーグル、「Google PowerMeter」でスマートグリッド分野に参入:マーケティング - CNET Japan</a><a href="http://japan.cnet.com/marketing/story/0,3800080523,20388039,00.htm" target="_blank"><wbr></wbr></a><wbr><wbr><br />
Energy Information<br />
<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/Google.org">Google.org - Wikipedia</a>

PR動画もかっこいい。

<object height="340" width="560"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/6Dx38hzRWDQ&amp;hl=ja&amp;fs=1" /></object>

<span style="font-weight: bold;">あわせてどうぞ。</span><br />

 

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予想どおりに不合理

経済学の本。だいたい行動経済学ネタって、身近な小ネタが集まったいて面白い。

人間が合理的に行動しないパターンを実験で証明し、なぜそんな行動をとるかを解き明かしていく。合理的じゃないけど、その行動にはパターンがあるんだなあ。

予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」
ダン アリエリー Dan Ariely
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経済学からみれば、何事にも理由がある

タイトル通り、日常の中にある疑問を、経済学の観点から紐解いてゆく。しかも小難しい数式や経済理論は抜きで。これが面白い。簡単に言えば、社会のほとんどは費用と便益の観点から考えてみると、ちゃんと理由がある、ということがわかる。

それにしても、この本を読んで思ったのは、「この社会のシステムは意外にうまくできてるな」ということ。アダム・スミスは、個人の利益の追求は、社会全体の利益と必ずしも一致するわけではない」と言ったそうだ。まさに、この社会には、法律なり社会や業界の慣例という、個人の利益の追求による暴走に歯止めをかける仕組みが、いろんなところに存在していることに気づかされる。

となれば、まさに行政の役割って、本当大きなものなんだなーと改めて思ったり。経済の流れが激流のように変わっていく現在では、よりこういった、社会全体を調節するような役割が重要になっていくんだろな。

とにかく、経済学ってこんなにシンプルに考えられるんだって思えるし、雑学ネタとして読んでも面白い一冊。

今の経済構造に気づくために読もう


人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか
水野 和夫
難解である。本の中には数字とグラフが並び、その隙間から経済構造への見解がこぼれ落ちてくるようだ。
それでも、この本が多くの示唆に富む優れた本であることは間違いない。恥ずかしながら、こんな類いの経済書を読んだことはなかった。
今はサブプライム問題を契機に傾き始めたアメリカと、それを取り巻く世界のマネーサプライの仕組みも明らかにしてくれる。
また、近代だけでなく、考慮の対象を古代まで広げ、経済の仕組みがどのように変わってきたかを示してくれる。その中には、現代に当てはまるものもあれば、当てはまらないものもあるのだと気づかされる。
現代の日本社会は二極化しているとよく言われるが、二極化していくその要素は、次のものがある。
・企業がグローバル経済圏であるかどうか
・企業が地方部か都市部か
さらに世界という枠でみれば、英語圏と非英語圏でも実質成長率に二極化が生じているのだそうだ。これはショック。
読み解くのが難しい本ではあるけれども、そこらへんの経済書では得られない気づきが本当に多い。ちゃんと理解し自分のものとするには、あと数回は読まないとだめなんだろうな。

JUGEMテーマ:読書

世界の貧困をなくすための50の質問

人のイメージというのは、怖いものだ。最初に刷り込まれたら、なかなか気づかないのだから。

 

貧困の問題はどこにあるのだろう。いろんな理由があって、それは国や地域ごとにも違うのだろう。だけど、大きな原因のひとつが金銭であることは間違いない。

この本を読むと、IMFや世界銀行は、わざと間違った方向に導いているんじゃないかと思ってしまうぐらい、変な状態だ。変な方向に導いている。 完済の見込みがない借金をズルズル引っぱり、「資本の原理」の名の下に、金を絞りとり続ける。

その結果、今では先進国から途上国への援助額より、途上国から先進国への返済額の方が多くなっているのだそうだ。これはどう考えてもおかしい。世界の富は、先進国に集中しているというのに。 (先進国側の道徳心を疑ってしまうけれども)「資本の原理」に身を委ねすぎると、「市場の失敗」を招く、というのがここでも当てはまるのだろう。

「神の手」は完璧ではないことを既に人類は知っているはずなのだから、軌道を修正する仕組みも作れるはずなのだ。本来はそれがIMFや世銀になるはずなのだが、それが先進国の思惑で動いてしまっていて、その背後には市場の大資本がいる。何とも正しい方向への身動きが取りづらい仕組みになってしまってんだなーと、違う意味で感心してしまった。 こうなってしまうと、今のIMFや世銀そのものの仕組みを変えてしまう大改革や新組織が必要なのか?それともNGOや財団を含めた民間組織の力も、世界を変える活力源になれるのだろうか。

 

最初はあっけなく簡単で、やや退屈さを感じるが、後半に進むにつれて貧困の本質があぶり出されている感覚が得られる。

汚職と貧困に、相関性はない

「貧困の終焉」を読んでいて、思ったことをつらつらと書いてみる。貧困国の実情が書いてあったのだが、どう考えても自力解決が難しい。それがありありと伝わってくる。本当に抜け出せないのだ、きっと。読んでいても泥沼にはまったようなどうしようもない感覚を覚える。

ではどうするか。援助を求めるのだ。具体的には、資本や物資を援助してもらう。過去の債務を帳消しにしてもらう。そうやって始めて、貧困脱出・自立の第一歩を歩み始める。

だけど先進国は、貧困国は汚職にまみれていて、どうせ悪徳代官の懐に入るだけだから、援助しない、とくる。約束も守らないし。みたいな。それに対し、ちゃんと意識はしたことはないとしても、潜在意識の中で納得感を持っていた。自分としては。

しかし、この本を読めば、それは表面だけを見た思いこみだと気づく。 発展途上国と言われている国はたくさんあるが、その中でも貧困の程度には差がある。現在は総じて、アジアの方がアフリカより経済は発展しつつあると言えると思うが、汚職撲滅に積極的に取り組んでいるのはアフリカの方なのだそうだ。 ということは、先進国がいい言い訳に使っているだけなんじゃないのかと思ってしまう。自分たちのためにお金を使いたいから。「汚職があるから積極的融資はしない。だけど、過去に貸した微少な金額は、ちゃんと利息を付けて返してね。これ、世界のルールだから。」となっているように思えてしょうがない。

これでは貧困は解消しない。自立だってしない。経済がゼロサムじゃないなんてことは、経済学の最初に学ぶことだ。貧困国だって経済が発展すれば、立派な貿易相手国になりうる。商売の相手になるのだ。貧困国を援助するってことは、そういう可能性を含んでいるのに。

この本では、アフリカの貧困層といわれる農村が、自立の一歩を歩み出すまでに必要な援助の額を試算している。と、同時に、アメリカが近年戦争で使った額もはじき出している。これを比較して考えると、やりきれなくなる。 久々に本当に良い本に出会った。世界の現状も、これから世界が向かう方向についても、経済や政治や個人の精神などいろんな面から示してくれる。ちょっと分厚いけど、後半なんて一気に読んだ。こういう分野に興味がある人は、必ず読んだ方が良いと推奨できるぐらいの良書。