結果が先か、手段が先か

平野啓一郎公式ブログを読んで、 最近モヤモヤしていた気分がスッキリしたのでポスト。

金儲け本を見たりすると、何か素直に良いと思えない自分がいたりする。しかし、お金に魅力を感じている自分もいる。 お金がないとできないことが多いというのも事実だと思っている。何か、どちらとも割り切れない気持ちの間で揺れ動いていた。

難しいことを書きましたけど、極単純な例で言えば、あまり尊敬できない方法で金持ちになっている人を見る時に、社会が感じる反発の中身は、この人は、今の世の中を、確かに巧みには生きているけど、善く生きてはいない、といったものでしょう。あるいは、イジメを見て見ぬふりをしてやり過ごすというのも、巧みではあるけれど、善くはない生き方だと言えます。

これを読んで思ったが、やっぱり結論は「どちらも正解」なのだ。それだけ今の社会というのは複雑にできていて、生き抜く手段の学習だけでも難しい。結果としてこうなりたい、という気持ちがあるとき、その手段の良否を問わず選択しないと、その域まで達することはできないのだろうか。

全てはキレイごとだけでは済まない。要は自分の生き方なのだ。ただ、今生きている社会がこういう状態なんだと、 平野啓一郎公式ブログは気づかせてくれた。 善い生き方をしたいもんだ。