ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容<

最近、めっきりネット選挙界隈が賑やか。選挙活動にインターネットが利用できるようになったということで、選挙に対する効果よりも、新しい稼ぎぶちの対象が増えた、というニュースの方が多いような気がします。気のせいでしょうか。

本書を読むと、ネット選挙で言われているような、若者の投票率向上、選挙活動費用の低減による若者の立候補数増加などが誤りというか、ずれた論点であることがわかります。

 

 

インターネットは候補者のメディア駆使能力を増幅させる

本書のテーマのひとつは、インターネットを利用した選挙活動は、これまでの公職選挙法の考え方からすると異質なものだ、ということです。

抽象的だが、日本の選挙制度を規定する公職選挙法は、資金力をはじめさまざまな差異が存在する日常の生活世界で選挙を行うのではなく、半ば人為的に、ビラの枚数にさえ制限をかけながら、均質で公平な政治環境を選挙運動期間中形成しようとする。つまり同じ条件のもとで候補者同士が競うことを企図しているのだ。各候補者が極力同じ道具を同じように用いて支持を集めるという選挙のあり方が要請されている。 他方、アメリカ型の選挙制度は総力戦の様相を呈している。ルールは最小限に、ありとあらゆる手段で競うというものである。もちろん、インターネットのような新しい技術がでてきたときにも、自由な利用が許される。そこには後に述べるように合衆国憲法にまで遡ることのできる、言論の自由を擁護する理念がある。

そして、インターネットは捉え方としてはメディアの一つであり、伝達能力や知名度などが増幅される可能性が高いと考えられます。有名な人は一層有名になり、メディアを駆使する力が高い人は一層高くなる、ということです。

 

政策に関する情報がインターネット上に増える

選挙活動にインターネットが使われるようになると何が変わるのか、といえば、政策に関する考え方や情報が増えていくことだと思うんですよね。そして、インターネット上で政策を読む人というのは、おそらく複数候補者の政策を比較する、ということも行うと思います。

すると、候補者は政策に関する比較にさらされるので、政策がより具体的で、根拠のある主張が勝っていく、ということが予想されます。また、過去の言動との整合性なども問われることになるんじゃないでしょうか。

政策を比較する、というのは考えてみると結構難しい行為で、政策軸が必ずしも一致するとは限らないので、余計混乱するかもしれません。ただ、政策に関する情報が増えて、多少なりとも比較にさらされることで、スローガン的な主張は排除されて、根拠となる情報や考え方が表明されるということは、政治にとってプラスだと思うのです。

そうやって情報が増えることで、全体として情報の非対称性は解消されるんじゃないでしょうか。ただ、それが抜本的に政治に大きなインパクトを与えるのか、といえばそれは結構疑問だったりしますが。まさに、こういうことを長期的に進めていくための布石だと思います。

ネット選挙はあくまで政策技術に過ぎない。私たちが本質的に求めているのは、政治の透明化であり、政治(家)と国民の距離の短縮、政治家の政策立案の活性化ではないか。

それ以外にも、SNSで重要なのは双方向性だが十分使いこなせているのか、という検証や、YahooやGoogleで蓄積される検索データが、「人気投票」として公職選挙法違反になってしまうのではないか、などネット選挙に関する様々な論点が提起されている。

 

個人的には、短期的に何か大きく変化を起こすものではなく、長期的に情報が増えて政策立案が活性化していくことを、期待とともに予想しています。

ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容

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