社会資本を維持できない時代が近い将来にやってくる

高度経済成長期に整備された社会資本ストックが、そろそろ更新時期を迎える。しかし、国家財政や地方財政に余裕はなく、社会資本の更新が難しいのではないかというのは、随分前から議論されている。

国土交通省の試算によると、2037年度には維持管理・更新しなければいけない予算が投資可能額を超えるとなっている。

 

今後の投資可能総額の伸びが2010年度以降対前年度比±0%で、維持管理・更新に関して今まで通りの対応をした場合は、維持管理・更新費が投資総額に占める割合は2010年度時点で約50%であるが、2037年度時点で投資可能総額を上回る。2011年度から2060年度までの50年間に必要な更新費は約190兆円と推計され、そのうち更新できないストック量が約30兆円と試算される。
国土交通省HP:1 生活、経済活動を支える基盤の再編

 

岐阜県の将来構想委員会でも、道路整備に関して試算が行われている。橋の架替を行う場合、20年後には750億円の費用が必要になると試算されている。

岐阜県の将来構想委員会
道路施設の老朽化について

 

参考として、岐阜県全体の財政は年間7500億円程度。そのうち土木費は10%弱の700億円ぐらい。(岐阜県の財政状況より)

 

この報告のまとめでは、「すべての道路施設を同一の水準に管理する」方針から、「交通量や利用状況に応じた水準により管理する」方針に転換する、とうたわれている。

 

本当に、地域インフラに対して新規投資できない時代が、もう間もなくやってくるのだ。道路を新しく作ることはまだしも、劣化した道路を修復したり、耐用年数を超過した橋を掛け替えることも難しくなる。その結果として、社会生活を維持できなくなる地域が出て、人が住める場所や行ける場所が小さくなってくるんじゃないか。

地域主権で各地域に権限が移っていくのだとすると、税金があるところとないところで如実な差が生まれるかもしれない。全部を均等に社会インフラを整備する、というのは幻想になる。国から補助金もらって何とかしてもらう、というのは通用しなくなるし、都市と地域で、社会資本の格差みたいなのがもっと広がるのかもしれない。

公共交通機関が廃線になったりするし、地域でどういうまちづくりにするか、必要な社会資本は何かというのを住民が限りある財政の中で選択する必要があるし、そういう民意を吸い上げて行政に反映する、地方行政の仕組み作りの成熟が必要になるだろう。

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