【書評】Googleの全貌

Googleの全貌
Googleの全貌

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日経コンピュータ
日経BP社
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Googleの話題性は、今や非常に高い。Googleは何か新しいサービスを始めたり、何か提言を発表したりするたびに、ネットで大きく取り上げられるようになる。それぐらい、特にネット世界での影響力が大きくなっているGoogleの全貌として、日経コンピュータが取りまとめた一冊。非常に深く、技術的な内容も含めてわかりやすくまとめられていた。非常に面白かった。

Googleのサービスだけではなく、それを取り巻くITシステムの動向や、Googleのカルチャーなども大きく取り上げられており、いろんな面で参考になる。ネット世界の動向に興味ある人や、SIer、エンジニアは、読んでおいて損はないと思う。

個人的に気になった点をメモしておく。

Googleは広告以外の収益源を開拓しつつある

Googleの収益源の97%が、広告であることは有名な話。これについて、他の収益源も開拓しようという動きが、最近は表面化しつつある。企業向けサービスのGoogle Appsがそのひとつ。これまで企業は、あくまで一般ユーザと同じアプリを転用するだけの位置づけで、あまり力を入れていないように見えたが、最近は違う。企業システムが保持しているExchangeやNotesから乗り換えられる移行支援ソフトを開発し、無償で提供しているそうだ。SIerとしても、顧客の特性に合わせてGoogle Appsへ移行するケースが増えるかもしれない。

(以前、Googleが出版で収益モデルを構築する動きがあることを書いた。参考まで。
出版業界はこれからパラダイム・シフトを迎えるのかもしれない | 思いつきブログ

特大のデータセンター特有のシステム構築アプローチ

一般的なシステムのイメージでは、ハードウェアの故障に備え、ハードウェアを2重化したりRAIDを組んだりして耐障害性を高める。しかし、サーバが数千台、数万台となると違う次元になる。

例えばMTBFが30年(30年に1回しか故障しない)サーバがあったとしても、1万台あれば常にどれかのサーバが故障していることになる。そうなると、ハードウェアの耐障害性を向上させることには限界がある、とGoogleは考えているようだ。

そこで考えられているのが、ソフトウェアによる耐障害性対策だ。これは、ハードウェアは故障する可能性を前提として、ハードウェアが故障したときでも正常に操作できるよう、ソフトウェアで耐障害性を高めよう、ということ。

これは一例であり、他にもいろいろな要素が組み込まれている。例えば、厳密なデータの一貫性は諦める「楽観的ロック」であったり、分散型にサーバを配置する代わりに待機系サーバは設けない、だったり、データベースはRDBMSではなくキー・バリュー型データストアが採用されていることだったり。ひとつひとつに理由がちゃんとある。詳細は読んで欲しい。

ここで重要なことは、よくSIerが採用するようなシステム構築のアプローチとは考え方が異なる、ということだ。クラウドコンピューティングが盛んに唱えられているが、その実現にあたって、現在導入されている技術要素と、クラウドサービスの技術要素は、大きく異なる部分が生じる可能性があるんじゃないか、ということ。エンジニアは、こういう事情を深く理解する必要があるな、と理解した。

クラウド・コンピューティングが本格的に導入するためのハードル

クラウド・コンピューティングが提唱されてから、これからはクラウドの時代だ、と言われているが、いまいち本格的な導入の機運が高まっていない気がする。導入のハードルについても、本書を読むと少し考えさせられる。

クラウドは、ハードウェアや基盤の負担を気にする必要がないが、その反面セキュリティの部分などで懸念が払拭できないでいるようだ。日本政府も霞ヶ関クラウドや自治体クラウドなどを提唱しているが、OGC(オープンガバメントクラウド)で検討されているように、まだ整備する事項は多い。
 

更に、国内Cloudサービスが世界で成功を収める為には、現在、米国のCloudサービスが抱えている課題を解決することが重要である。

1. 政府・企業はCloudサービスを安心して利用する為には、更なるセキュリティ機能を含めたガバナンス機能の強化を期待しており、それが実現できれば、既存システムも含めその移行も現実味を帯びてくる。併せて、所有から利用へと転ずることで、ITコストに占めるガバナンスコスト(現在拡大傾向にある)を軽減する事も可能となる。
2. Cloudサービスベンダーによる抱え込みに対する懸念を払拭する事が必要であり、Cloud間でのポータビリティを確保する必要がある。
活動内容 | オープンガバメントクラウド・コンソーシアム

クラウドとして共通ルールを設けるとともに、各国の法体制にフィットしたサービス提供が求められる必要があるのが現状だろう。そういう意味で、クラウドが本格的に導入するための基盤作りには、もう少し見守る必要がありそうだ。

その他にもいろいろ面白い内容あり

上記以外にもいろいろ興味深い要素が本書の中に含まれている。Googleの検索技術の改良頻度は年400回も行われており、ほとんど毎日のように検索アルゴリズムの見直しが行われていることは、Googleの検索へのこだわりと改善のスピードがうかがえる。

また、Googleの人事評価にも「ページランク方式」のように、会社で良い評価を受けている人が誰かに対し良い評価をした場合は、その評価は重み付けされるとか。Googleの作業の進め方やテストの実施方法なども。Google内の作業の進め方については、以下の動画の方がより理解できるだろう。柔軟かつ合理的に整備された作業フローに、結構驚いた。

というわけで、ビジネス、技術、組織などいろんな面で考えさせられる一冊だった。IT業界に少しでも関係する人は、ぜひ読んで欲しい。

Googleがスマートグリッドの普及を目指す理由

スマートグリッドという言葉が注目を浴びている。「スマードグリッド」というのは、電力網に関する言葉なのだが、なぜかこれにGoogleが強い意欲と示していて、具体的にプロジェクトにも参加している。この目的について、調べてみた。
 
 
まずは、Googleのデータセンターが背景にある
 
Googleは創業当初から、サーバは購入したりデータセンターを外注したりせず、自分たちでサーバを構築し、世界中にデータセンターを持っている。そして、サービスを提供する上でデータセンターは重要なインフラであると位置づけ、低コストで安定したGoogleのサービス提供のために、サーバの構築技術を追求している。
グーグル、自社設計のサーバを初公開–データセンターに見る効率化へのこだわり:スペシャルレポート – CNET Japan
 
一方、IT業界はすごいスピードで発展しているが、ひとつ大きな壁に当たっている。ムーアの法則に代表されるように、コンピューティング能力は24ヶ月に3倍に達しているが、それに対し、エネルギーの利用効率の向上ペースが24ヶ月で2倍にしか達していないらしい。
【Interop Las Vegas】深刻化するデータセンターの消費電力、「このままではムーアの法則が破綻する」:ITpro
 
これに伴い、性能はどんどんよくなっているが、それに対するエネルギー効率がついていけてないために、消費電力がどんどん上がってしまう、ということだ。データセンターを自前で持っているGoogleとしては、その効率を考えたとき、電力消費効率は重要な要素となる。
 
電力消費効率の指標としてPUE(Power Usage Effectiveness)がある。データセンター全体の電力消費量を、IT機器が利用する電力消費量で除した値で、1.0に近いほど良い値となる。一般的な値として、アメリカのデータセンターのPUEは1.8程度、日本は2.0程度と言われているが、Googleのデータセンターは平均1.2を実現している。最新式のものでは1.12という値もあるそうだ。
 
 
Googleが行う「RE<C」というプロジェクト
 
さて、Googleは2007年に「RE<C(Renewable Energy cheaper than the Coal)」という、持続的利用可能エネルギーの発電技術の開発を行う、研究開発部門を設置している。これまでのGoogleのデータセンターの事情と、電力消費効率向上を求められる背景を理解すると、なぜ「RE<C」をGoogleが行っているのか、理解できる。化石燃料に頼るのではなく、再生可能でクリーンなエネルギーで、安定かつ廉価な電力供給を目指す、というわけだ。
Google社「リニューアブル・エネルギー推進に数億ドルを投資」 | WIRED VISION
 
 
持続的利用可能エネルギーとして、太陽光や風力など、自然エネルギーを利用したものが中心になるそうだ。これを体現するかのように、Googleの本社は、ソーラーパネルでびっしり埋まっている。
Google、本社の大規模ソーラーパワー発電成果を公表! 24時間で10,050kwhに | 経営 | マイコミジャーナル
 
 
スマート・グリッドとはつまり何だ
 
Googleが安価で安定的な電力供給を求めていることはわかった。それに対し、持続的利用可能エネルギーの技術開発にも投資している。さて、これがスマート・グリッドとなぜつながるのか。というか、そもそもスマート・グリッドとは何か。
 
スマート・グリッドとは端的に言えば、これまでの電力網とインターネットなどの情報網を論理的に束ねることである。こういわれるとよくわからないかもしれないから、これを実現する目的を先に考えた方が良いだろう。
 
スマート・グリッドは次の2点を実現したい、という目的がある。
①小口電力を電力網に乗せられるようにする
 持続的利用可能エネルギーの電力を増やすためには、小口業者の電力が効率よくスムーズに電力網に含められる必要がある。現在は、大きな電力会社が集中的に統制しているが、それを分散型に変えたい、ということだ。
 
②きめ細かな電力需給を把握する
 電力の需要を正確に把握できたら、無駄のない電力供給を行うことができる。でも、現実には電力網は供給のみの単方向であり、正確な電力消費量は計測できていない。これを、計測し電力会社に情報として送る仕組みを構築したい、ということだ。
 
参考:「スマートグリッド」~電力版インターネットは社会に何をもたらす? | キャリワカ:トレンド | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉
 
 
日本にスマートグリッドは不要?
 
日本は、優れた電力供給体制が実現されており、既に「スマートグリッド」と言えるのでは?という意見がある。
 

例えば東京電力は,送電線敷設時に光ファイバ回線とRFマイクロ波回線も同時に敷設するなど,送配電網のほとんどに通信機能を組み込んでいます。このため,停電など障害が発生した場合の回復時間が圧倒的に早いという特徴があります。東京電力管内では,1軒当たりの年間停電時間は平均4分で,「約90~100分の米国に比較して1/20以下」(東京電力)です。東京電力は年間の設備投資額である約6000億~7000億円のうち,30~50%を送配電網に投資していますが,「米国では小規模の事業者が多いことや,電力自由化の影響もあり,結果としてネットワーク設備投資額が低く抑えられてきた」(ある電力事業関係者)といいます。

こうしたインフラ整備が十分ではない米国においては,「スマートグリッド」という取り組みは意味があるが,整備が進んでいる日本では必要ないのではないか,という見方が,日米の温度差の背景にあるようです。
「日本にスマートグリッドは不要」と言われる理由 – 日経エレクトロニクス – Tech-On!

 
つまり、②は全うされているのでは?ということになる。事実、そうなのかもしれない。しかし、①については十分とはいえない。確かに、精度の良くない電力が電力網に混入することで、電力供給のサービスレベルが低下するるのでは?という懸念がある。それを解消し、家庭や中小企業などが電力を供給できる立場にすることは、重要な目的のひとつなのだ。これにより、地産地消を実現する環境が整えば、地域振興にもつながる。
 
 
Googleが次に注目する舞台は、車
 
GoogleはPC、携帯の次の舞台として、車に注目している。Googleが発表している「Clean Energy 2030」の中で自家用車の二酸化炭素排出量を38%削減を目指している。
 
自動車エネルギーをプラグインカーにすることで、燃料効率を上げ、二酸化炭素排出量を減らすことが、車に注目するひとつの目的だろう。
Google、クリーンエネルギー提案「Clean Energy 2030」を発表 – ITmedia News
 
他にも、プラグインカーとなれば蓄電が可能になる。そうなれば、家庭の太陽光発電などの蓄電機能を車が担うことができるわけだ。この蓄電池の管理機能などに、ひょっとしたらビジネスチャンスがあるのかもしれない。
 
あとは、車もネット機能を持って、地図や地域情報などと連動することも考えられる。車というハードは、Googleにとって複数の意味で、可能性を感じるものなのだろう。
 
 
まとめ
 
Googleの動きを捉えると、Googleが非常に目的をもって取り組みを行っていることがわかる。非営利であるGoogle.orgを通じて行ったり、そもそもGoogleが採算度外視の行動を行ったりするのでつかみづらいが。
 
そして、Googleの行動の背景には、今後のIT業界の動きも見えてくる。なぜスマートグリッドなのか。なぜ電力業界なのか。なぜ車なのか。気づいたときには、IT業界のビジネスモデルは変わってしまっているかもしれない。そのとき日本のIT業界は、単にハードを売ったりアプリを作ったりするだけでは、この動きにはついていけないだろう。

あわせてどうぞ。

クラウド・コンピューティングが基幹系システムに与える影響

最近目にする機会が多い、クラウド・コンピューティング。
もう少し体系的に知ろうと思って読んでみた。比較的よくまとまっていると思う。

クラウド・コンピューティング ウェブ2.0の先にくるもの (朝日新書)
西田 宗千佳
朝日新聞出版
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「クラウド・コンピューティング」は何かの技術などを指した言葉ではなくて、いろんな技術やサービスの特徴を統合した、「現象を表した言葉」だと書いてあったが、なるほどな、と思った。

企業のシステムでSaasなどを導入するときによく問題になるのが、「セキュリティ」の問題。確かにサービス提供業者は、高いセキュリティ基準をクリアしたデータセンタを装備して、そこに複数の顧客に関するデータを取り扱っている。しかし、データセンターが海外だったりするので、物理的にデータが物理的に国境を越えてしまうことに、心理的な抵抗や、万が一の場合を想定するとせめて国内であって欲しい、というクライアントも少なくないだろう。

この本では、その懸念すらもクリアできる可能性を提示している。つまり、「データの保持」と「サービスの提供」が分業されることも、可能性としてある、と。(著書の中では「銀行のような」と表現していたが)データを預かる専門的な機関と、Googleのような利便性の高いサービスを提供する企業を分けて利用し、「データは自分たちが安心できるところに」「サービスは利便性が高いところに」という、おいしいところを組み合わせて「ネットの向こう側」を利用することがあるというわけだ。

これは、結構興味深い。
現在多くの企業では、所謂基幹系システムが自前で保持しているところが多い。これは、(自前主義が当たり前だったレガシーの名残である場合も多いが)セキュリティ上自分たちでデータを保持しないと難しいという事情でやむを得ず、基幹系システムを残している、というケースもある。

本当に信頼できるセキュリティを確保する機関が表れて、そこと連携して高度なサービスを提供できるようになれば、企業システムを取り巻く流れも、一段と「ネットの向こう側」に向かうのかもしれない。

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