Launching The Innovation Renaissance: A New Path to Bring Smart Ideas to Market Fast (TED Books)[Kindle版]
Alex Tabarrok TED Books 2011-11-21
イノベーションを生み出す社会を形成するには、どういう仕組が必要か。先日書評を書いた「未来を発明するために今できること」は組織におけるイノベーションを生み出す仕組みが中心だったが、この本はどちらかというと社会全体や国家レベルで述べられている。
イノベーションを生み出すインセンティブ設計
イノベーションを生み出すためには、いろいろ社会的なインセンティブ設計が必要になる。この本でも、特許、賞金、教育、移民政策など様々なインセンティブ設計が取り上げられている。
例えば特許については、社会のイノベーションコストを最適化するためのものであり、産業によって「真似る」コストが高いか低いかによって変わると述べられている。
More generally, patents should be stronger in industries with high innovation-to-imitation costs such as pharmaceuticals and weaker in industries with low innovation-to-imitation costs such as software.
最近話題のアップル対サムスンのデザイン特許紛争についても、デザインというのは利便性や感覚の観点でイノベーティブな部分が含まれているのだが、模倣が容易であるため意匠権が確保されている。ただ、なんでもイノベーションを生み出した人を保護するために特許権と強化していくことは、社会のコストを上げてしまい、結局イノベーションを利用されなくなる、という恐れがある。
ソフトウェア開発においても、特許は新しい提言が生まれている。これも、特許はイノベーションコストを最適化するためのものである、という考えがちゃんとみえる。
特許がソフトウェアの技術革新を妨げないようにするべく提案された「Defend Innovation」7項目の内容とは? – GIGAZINE
移民政策についてはも、高い技術の人たちだけを許容するのではなく、Low-skillの人であっても社会に取り込むことで、相対的に高い技術の人たちのリソースがイノベーティブな作業に振り向けられる可能性が考えられる。
Low-skill immigration can even increase innovation because it helps highly skilled workers to better use their time and skills.
このように、社会全体でイノベーションを生み出していこうと思うのならば、いろんな仕組みを導入していく必要がある。
教育に関する考察はいろいろ興味深い
面白かったのは、教育に関する考察だ。そもそも、教育は人材育成に大きく寄与する部分であり、イノベーションの観点からも重要だと語られている。
最初に面白い数字だなと思ったのは、かつてはトップクラスの大学卒業者が先生になっていたが、今は47%のアメリカ人教師が、下から3分の1のクラスの大学卒業者である。
Teachers used to come from the top ranks of their college classes, but today 47 percent of America’s teachers come from the bottom one-third of their college classes.
これは、相対的に教師という職業の地位が低下していることになるのだろうか。
また、大学生の数が増えすぎていて、本来は高校卒業者が就くことが多い職業に、大学生が増えている。
Baggage porters and bellhops don’t need college degrees, but in 2008 17.4 percent of them had at least a bachelor’s degree and 45 percent had some college education. Mail carriers have traditionally not been college-educated, but in 2008 14 percent had at least a bachelor’s degree and 61 percent had some college education.
日本でも大学の数について最近話題になったけど、大学の進学率は高いほど良いのか、というのは改めて考えさせられる。また、ドイツとアメリカでは大学への進学率が違っている、というのも興味深い。
As we said earlier, 97 percent of German students graduate from high school, but only a third of these students go on to college. In the United States we graduate fewer students from high school, but nearly two-thirds of those we graduate go to college, almost twice as many as in Germany. So are German students undereducated? Not at all.
ドイツの大学進学率が低いのは、高校時点で座学でけでなく実践的な教育を行っていることも要因のひとつと書かれている。
世界単位で捉える必要がある
WSJでは、「米国経済はもうイノベーションでは救われない」という記事が出ていた。
これを読むと、確かにそうかもしれないとも思う。新薬開発の可能性は減ってきているし、米国も労働人口が減少していく。それでも、世界単位で考えれば、すごい勢いで経済発展している国や地域はある。
The number of idea creators around the world is increasing rapidly, and in 2007, nearly one-quarter of world research and development expenditures came from the developing world.
また、世界経済フォーラムの「国際競争力報告」によると、2012年版では日本のイノベーション能力は高いランキングになっていて、マクロ経済環境が非常に悪い結果になっている。
国際競争力ランキング「国際競争力報告 2012年版」【世界経済フォーラム】世界ランキング統計局
これをみると、今日本に必要なのはイノベーションの創出ではなくて経済対策なのだろうか。少なくとも、イノベーションが全てを救うわけではないし、いろんな要素の中でイノベーションが生み出される社会構造が必要である、ということをこの本は教えてくれる。